“ジューサーの中に金魚と水が入っていて、スイッチだけリモコンで、観客の側に置かれる。観客は誰もがそのスイッチを押すことができるようになっていて、「いつでも金魚を殺せる」という、その感覚が展示になっていた。

この展示で、実際にボタンを押せた人はたぶんいないのだろうけれど、これをたとえば、ジューサーに入れた金魚をインターネットで公開して、ネットの向こう側にいる誰もが、匿名のままそのボタンをクリックできるようにしておくと、誰かがボタンを押してしまう。多数決ルールを導入して、「ボタンを押した人が累計で10人を超えたら、ジューサーの電源が入ります」という看板を出しておくと、ボタンが押される閾値はますます下がる。

匿名ルールを廃して、たとえばTwitter のような、押した人をある程度トレースできるメディアで展示を公開しても、状況はそんなに変わらない。IDの追跡が可能になってしまうと、今度は逆に、あえて押してみせることを、一種の表現として利用しようという人が出てくるだろうから、金魚の命運は、やっぱり危ういままになってしまう。

恐らくはたぶん、「ボタンは誰でも押せます。累計で10人の人がボタンを押すとジューサーが回ります。その代わり、10人のうち1人だけ、押した人の氏名が公開されます」という但し書きが、金魚の生存確率を高めてくれる。

売名目的の人にしてみれば、自分の名前が公開されない可能性があるならば、自分の行為が無駄に終わってしまうリスクがあるし、怖いもの見たさの人は、「10人のうち1人」という理不尽さがためらいを生んで、やっぱりボタンは押せないだろうから。

完全匿名も、完全公開も、「完全」が、ルールに対する過度な信頼を生んで、常識の垣根を踏み越えて、ぎりぎりまでやる人たちを生み出す。確率論的な理不尽さを持ち込むと、ルールはもう、誰からも信用されなくなる。ルールに対する不信が自制を生んで、自制は落としどころとしての常識を生み出していく。”
2headedsnake:

mariesena.com
Marie Sena
image found through supersonicelectronic.com

2headedsnake:

mariesena.com

Marie Sena

image found through supersonicelectronic.com

(via yotuashi)

attrip:

ウォールの写真
mintchip:

ganko-oyazi:

kazeneko:

yukko:

theanimalblog:

my cat Roxy celebrating a birthday <3

mintchip:

ganko-oyazi:

kazeneko:

yukko:

theanimalblog:

my cat Roxy celebrating a birthday <3

くぁいいー

“「10年前,恐竜がリアルに動くというのは,それだけで珍しかった。だからジュラシック・パークは大ヒットした。でも1・2回見たら,もうそれでイヤになってしまう」
 「なぜなら,そこにドラマがなく,ただ精密なだけだからだ。それでは1回しか見てもらえない。ドラマは,何度でも見る。それがドラマの性能なのだ」
 「動く絵というものは,ドラマを描くのに最適な手法だ。映画や映像というものは,ドラマを作る媒体といってもいい」
 「ただし,そこで感性ではなく,ロジカルに作っていくことが必要になる。そういった場面は,理系のセンスが必要になるだろう」”

やってみせ
言ってきかせて
させてみせ
誉めてやらねば
人は動かじ

山本五十六

仮面ライダーみたいになれそうな

ガンダム強い(笑

“財団法人 日本産業デザイン振興会(JIDPO)は10月1日、2009年度グッドデザイン賞を発表した。2952件の応募から1034件が受賞し、その内大賞候補となる「グッドデザイン賞ベスト 15」が合わせて発表された。”
1 / 5